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東京高等裁判所 昭和42年(ラ)3号 決定 1967年9月12日

抗告人 永田雅信(仮名)

相手方 永田美樹子(仮名)

主文

原審判を次のように変更する。

抗告人は相手方に対し金八〇万八、五〇〇円及び昭和四二年一月一日から相手方との離婚成立若しくは同居に至るまで毎月二三日かぎり金二万八、三〇〇円ずつを送金して支払をせよ。

理由

(抗告人の抗告の趣旨及び理由)

抗告人の抗告の趣旨は、「原審判はこれを取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」というにあり、その理由とするところの要旨は、次のとおりである。

一  原審判には、その審判の基礎となつた事実認定に関し重大な誤がある。

まず、抗告人は、同居中相手方に対し給与は明細を明らかにし、自己の入費と母ハルへの送金を控除して渡しており、賞与についても昭和三七年六月金三万円を交付し、相手方はこれでテレビを購入しており、同年一二月にも約金六万円のうちから金二万円を交付している。長女満由美の分娩費についても、抗告人は当時久留米市に滞在中であつたが、相手方に対し毎月金二万円ずつを送金し、昭和三八年三月九日帰京当時金二万円、病院を退院する際金二万円をそれぞれ交付している。また、抗告人は昭和三九年三月分についても勝田市への赴任前である同月一四日頃相手方に対し支給された給与のうちから金一万三、〇〇〇円を交付している。

原審は、別居するに至つた理由につき、抗告人が自己の母や弟妹のことを第一義的に考え、相手方を無視し、相手方との紛争に両者の母が関係して紛争を大きくしたと認定しているが、抗告人は母に若干の仕送りこそすれ弟妹に仕送りなどをしたことはなく、抗告人の母や弟妹が相手方との婚姻関係に干渉したり影響を及ぼすようなことをしたことは全くない。夫婦関係に介入したのは相手方の母のみである。

抗告人は、陸上自衛隊○○学校に転勤した際相手方に赴任先も転居先も知らしめており、それ故相手方は乙第一号証の荷札を作成し、抗告人の荷物を発送しているのである。右転勤に際し、抗告人は勝田市に住居を探し相手方とともに赴任することを切望したが、相手方とその母は同居を拒否し一方的に抗告人と別れることを言明し、実家に帰つたまま突如抗告人を相手どり東京家庭裁判所に調停を申立てるまで何ら抗告人との同居を図るべく努力した形跡もないのであつて、別居に至つたのは原審判認定と反対に相手方が抗告人を遺棄したことによるのであり、婚姻関係破綻の責任はむしろ相手方にある。従つて、抗告人には婚姻費用分担の義務はない。

二  抗告人は昭和四一年二月相手方を被告として水戸地方裁判所に離婚の訴を提起したが、これに対し相手方は同年五月二三日離婚の反訴を提起し、少くとも離婚するという点では抗告人と相手方の意思は同一であり、婚姻共同生活関係を回復することは最早や不可能となつたのである。夫婦のいずれか一方が離婚の訴を提起したに止まる場合と異り、右のように離婚の点では合意が成立したと同視し得る場合には最早や婚姻費用分担義務の存否を論ずる余地はなく、離婚の判決確定までに相手方に扶養の必要が生じたときは抗告人の扶養義務の存否範囲の問題として処理さるべきものである。

また、抗告人に婚姻費用分担の義務があるものとしても、相手方は昭和三九年三月一八日まで抗告人と同居し、それまでの生活費はすべて抗告人の収入により賄われていたのであるから、右分担の始期を同月一日とした原審判は明らかに誤であり、分担の始期は相手方が本件審判を申立てた時とすべきであつて、それ以前に遡るのは不当である。まして相手方は、抗告人との間における東京家庭裁判所昭和三九年(家イ)第一五八七号夫婦同居調停事件の昭和四〇年五月一四日の調停期日において示談金として金八〇万円の支払を受けることを条件に抗告人との離婚に同意しているのであるから、少くとも右調停期日以前における婚姻費用の分担請求権を放棄しているものといわなければならない。

三  さらに抗告人に婚姻費用分担義務があるとしても、原審判にはその分担額算定につき誤がある

1  抗告人の母ハルは、抗告人の弟昭典とともに東京都港区○○町一二番の七にある抗告人所有の家屋に居住しているが、相手方と婚姻した当初から無職で殆んど収入もなく、抗告人から仕送りを得て生活していた従つて婚姻費用の分担額を算定するに当つても、右ハルの必要とする生活費を算定してこれを抗告人の収入から控除し。しかるのちに相手方に対する分担額を算定すべきである。抗告人は現在弟昭典と二人で母ハルを扶養しており、毎月最低金五、〇〇〇円を送金している。

2  原審判が婚姻費用分担額を算出するに当り、その計算の基礎とした抗告人の平均収入には所得税、市町村民税等の公租公課、健康保険掛金、恩給掛金等の共済費のごとき当然控除さるべきものが含まれているから、これらを控除した上純手取額を以て右算出の基礎とすべきである。

3  原審判は、労働科学研究所発表の綜合消費単位により抗告人と相手方の生活費を算定し、これに基いて婚姻費用の分担額を決定しているが、右の綜合消費単位なるものは一般的抽象的なものであつて、これを使用してした算定方法によつては当事者に固有の具体的な事情は看過されてしまうこととなる。従つて、まず当事者が現実に必要とする生活費を確定し、これを基礎として分担額を算定するか、右の生活費を確定し得ないとすれば、収入別の標準家計費方式から当事者に必要のない項目を削除して分担額を算定すべきである。原審判は抗告人の食費被服費等の詳細を不明であるとしているが、抗告人は原審審問の際これを供述しているし、試みに昭和四一年六月一六日から八月一五日まで二ヶ月間の生活費の詳細を示すと、その状況は別表記載のとおりである。

しかして、仮りに原審判のように綜合消費単位方式による分担額算定方法が正しいとしても、抗告人が独立世帯を持ち労働の激しい仕事に従事しているのに比し、相手方は実父母の許に同居して育児のみに専念しているのであるから、消費単位は抗告人に比しはるかに低位たるべきが当然であつて、相手方の消費単位を八〇とするならば抗告人の消費単位は原審判の一四五よりもさらに高位とすべきである。

(当裁判所の判断)

一  原審判挙示の証拠をあわせ考えれば、抗告人と相手方とが別居するに至つた紛争の経緯及び同居中の相手方に対する給与、賞与等金員交付の関係について原審判認定のとおりの事実を認めることができる。抗告人提出にかかる荷札(乙第一号証)が相手方の手蹟によるものであるとしても、抗告人が離婚を一方的に言明して相手方や長女満由美を置去りにし単身転勤先に赴任したとの原審判の認定を覆すことはできない。従つて、抗告人と相手方が別居し、その婚姻生活が破綻状態に立ち至つたことの主要な責任が抗告人にあるとする原審判の説示は相当であつて、これに反する抗告人の所論は採用できない。

二  もともと夫婦は夫婦である以上互に協力扶助しあい、各自の生活を維持するに要する費用及び未成熟の子を養育するに要する費用、すなわちいわゆる婚姻費用を分担すべきものである。夫婦が同居して円満な共同生活を営んでいる間は通常夫婦間における婚姻費用の分担が問題とされることは少ないが、夫婦間に生活費分担の程度方法について紛争を生じ、或いは婚姻共同生活が破綻を来し夫婦が別居するに至つたような場合には、婚姻費用の分担関係を確定することが現実的な問題となるのである。そして、家庭裁判所における審判又は調停においては、右のような婚姻費用分担に関する紛争のすべてが対象となるのであつて、家庭裁判所がその分担関係を定めるに当つては審判または調停の成立時以後の分担関係のみならず、分担を必要とした事情の認められるかぎり分担について紛争を生じた当初に遡つてその分担関係を定め得るものと解すべきである。従つて、家庭裁判所の審判における婚姻費用分担の始期は、審判申立時以後に限らるべきであるとするような根拠は少しも存しない。この点に関する抗告人の所論は採るを得ない。

三  抗告人が昭和四一年二月頃相手方に対し水戸地方裁判所に離婚の訴を提起し、これに対し相手方が同年五月二三日抗告人に対し離婚の反訴を提起し、現に係属審理中であることは、抗告人主張および原審判認定のとおりであり、抗告人と相手方との婚姻共同生活もここに全く破綻し、円満な家庭生活を回復することはもはや期待できず、しかも将来抗告人と相手方が法律上離婚に至るであろうという可能性もうかがわれないではない。そして抗告人は、右のような事態にある抗告人と相手方との間においては扶養の必要ある場合に扶養義務の存否のみを論ずべきであると主張する。

しかし、抗告人と相手方とが互に離婚の訴と離婚の反訴とを提起しているからといつて法律上協議上の離婚又は裁判上の離婚が成立しないかぎり互に夫婦たるの身分関係はなお存続し、相互の協力扶助と婚姻費用分担の権利義務関係もまた存続するものであり、婚姻費用分担の問題は単に夫婦が円満に生活していることを前提としてのみ論議すべきものではないから、原審判がその認定のような事情のもとにおいて抗告人に婚姻費用の分担を命じたことはまことに相当であつて、何ら違法の点はないものといわなければならない。なお、夫婦間の扶養義務の問題は夫婦の協力扶助による一体としての共同生活保持義務の問題であり、これに要する費用の分担がすなわち婚姻費用分担の問題なのであつて、夫婦間における婚姻費用分担義務の存否範囲を論ずることはその扶養義務の存否範囲を論ずることにほかならず、婚姻費用分担義務のほかに扶養義務を論ずる必要も余地もないのである。右と異る抗告人の所論は採用できない。

四  さらに、抗告人は相手方が抗告人との間における東京家庭裁判所昭和三九年(家イ)第一五八七号夫婦同居調停事件の昭和四〇年五月一四日の調停期日において示談金として金八〇万円の支払を受けることを条件に抗告人との離婚に同意したと主張し、原審での抗告人審問の結果によると、相手方は右調停事件の調停の際抗告人との離婚に伴う慰藉料として金八〇万円を要求したとのことであるが、そのような事実があるからといつて直ちに相手方が右要求を持ち出した日以前における婚姻費用、いいかえれば長女満由美の養育費を含む自らの生活費負担の請求を放棄したものと解することはできない。この点に関する抗告人の所論もまた失当である。

五  次に、抗告人は相手方は昭和三九年三月一八日まで抗告人と同居し、それまでの生活費はすべて抗告人の収入により賄われていたから、原審判が抗告人に対し同月一日から婚姻費用の分担を命じたのは誤りである、と主張する。

原審判が抗告人が昭和三九年三月一八日転勤先の勝田市に向つて出発するまで相手方と同居して生活していた旨認定しながら、抗告人に対し同月一日から婚姻費用の分担を命じていることは原審判書自体に徴して明らかである。そして、本件記録からすれば、抗告人と相手方とが同居していた間その共同生活に要する費用は抗告人が勤務先の防衛庁陸上自衛隊から支給される給与によつて賄われていたものと認められ、昭和三九年三月一日から別居した同月一八日までの間の婚姻費用についてとくに抗告人の収入によつて婚姻費用のすべてを賄うという従前の分担方法に反し相手方がこれを自ら負担支弁したことをうかがうに足りるような資料は存しないから、右の間における婚姻費用もすべて抗告人の収入によつて賄われ、相手方には償還清算の請求をなし得べき費用の現実的支出はなかつたものと推定すべきであり、相手方が抗告人に対し婚姻費用の分担請求をなし得るのは別居するに至つた昭和三九年三月一九日以降の分についてであるといわなければならない。従つて、抗告人が相手方に支払うべき同月分の婚姻費用分担金は同月一九日から同月末日までの分のみであつて、原審判中抗告人に対し同月一日から同月一八日まで一月金二万一、九〇〇円の割合による婚姻費用の分担を命じた部分は不当であるといわざるを得ない。抗告人のこの点に関する所論は理由がある。

六  そこで、抗告人は原審判には婚姻費用分担額の算定について誤があると主張するので、この点について検討する。

1  まず、抗告人は婚姻費用分担額算定の基礎となる抗告人の収入からはあらかじめ母ハルの生活費を控除すべきであると主張する。

本件記録編綴の本多信行の領収書、家庭裁判所調査官西田博の本多信行に対する電話聴取書、抗告人提出の乙第二号証、原審での参考人永田ハル、抗告人および相手方各審問の結果によると、相手方は昭和三七年五月抗告人と挙式同棲するようになつてから抗告人がその給与のうちから毎月金三、〇〇〇円を母ハルに送金することを諒承していたが、抗告人は相手方の諒承を得ることなくそのほか賞与のうちから昭和三七年一二月現に母ハルと弟昭典とが居住する東京都港区○○町一二番所在の自己所有の家屋の修繕費として金三万円、昭和三八年六月金一万円、同年一二月金二万円の送金をし、昭和三九年三月一八日相手方と別居してからは毎月金五、〇〇〇円のほか右所有家屋の地代金三、四二〇円(昭和四一年六月からは金五、三二〇円)を送金していること、抗告人の母ハルは次男昭典とともに右抗告人所有家屋に居住し、貸間により多少の収入を得たこともうかがわれないではないが、確実な収入としては亡夫源八郎の年金月額約五、〇〇〇円があるのみで主として昭典の収入と抗告人の送金とによつて生活していることが認められる。右認定の事実からすると、抗告人と相手方とは従前抗告人の収入のうちから毎月金三、〇〇〇円の母ハルへの送金を控除し、その残余を以て婚姻費用のすべてを支弁することとしていたものと考えられるから、現時点において婚姻費用の分担を定めるに当つても、右の事情を参酌し抗告人の毎月の収入から金三、〇〇〇円ずつを母ハルへの送金として控除した上分担額を算定するのが相当である。原審判はこの点に考慮を払うことなく、抗告人の収入全部を基礎として直ちに婚姻費用の分担額を算定しているのであつて、従前抗告人と相手方とが同居して生活していた当時の費用分担の程度に比し過ぎたるものとの譏を免れない。抗告人のこの点に関する所論は、一部ではあるが尤もとすべきである。

2  抗告人は、原審判が婚姻費用分担額算定の基礎とした抗告人の収入には所得税・市民税等の公租公課、健康保険掛金・恩給掛金等の共済掛金のごとき当然控除さるべきものが含まれていると主張するが、陸上自衛隊○○学校会計課長の回答書およびこれに基く家庭裁判所調査官西田博の調査報告書によつて原審判を検討すると、右分担額算定の基礎となつた抗告人の平均月収額は右公租公課、共済控除等を控除した後の純手取額(但し、食費として差し引かれた分はこれを加算している)によるものであることが明らかであつて、抗告人の主張は何らかの誤解によるものというのほか考えようがない。

3  次に、抗告人は原審判が労働科学研究所発表の綜合消費単位表によつて婚姻費用の分担額を算定したことを非難している。

しかし、右分担額の決定に当つては、屡々分担権利者と義務者の双方当事者の収入と現実に必要とする経費を数ヶ月に亘つて確定し、その双方を比較衡量して適宜に分担額を定めることが行われているが、客観的に妥当な分担額を算定することは必ずしも容易ではなく、当事者双方の現実の生活程度にかなりの差のあるような場合にはことにそうであつて、高い生活程度にある者のいかなる部分を割かしめるのが妥当であるのか判断に迷わざるを得ないし、その結果にも十分な客観的合理性を保証し得ないのである。

また、抗告人が主張する収入別標準家計費方式によつて右分担額を決定するにしても、右の方式は結局標準世帯の平均的支出を以て分担権利者の必要生活費の根拠とし、これに不足する分を分担額と決定しようとするもので、本質的には平均型との比較衡量の方式に過ぎないのであり、直接的に分担権利者と義務者の収入額から具体的な分担額を算定することはできないのである。

ところで、原審判の採用した労働科学研究所発表の綜合消費単位による算定方式は、関係諸科学者の協力により飲食住居費のほか文化的消費的支出を含む多数の指標を設定してした生活実態調査に基き、性、年齢、作業度、就学程度の各別に定められた消費単位及び基準単位の最低生活費に依拠したものであつて、当事者の収入から直接具体的分担額を決定し得るものであり、前示の二方式に比しヨリ客観的合理性を有し、地域的時間的な差異はこれを消費者物価指数等によつて修正すれば十分使用に堪えるものといわなければならない。

従つて、婚姻費用分担額の決定につき原審判が綜合消費単位による方式を用いたことは正当であつて、記録に現われた一切の事情を参酌しても抗告人と相手方ら各別の消費単位の決定にも何ら不当の点はない。

七  以上が抗告人の主張に対する判断である。

従つて、原審判は右五および六1に説明した限度でこれを変更すべきこととなる。しかして、原審での家庭裁判所調査官西田博の婚姻費用分担額についての調査報告書によると、相手方の要分担状態の始期である昭和三九年三月一九日以降における抗告人の収入が右綜合消費単位によつて算定した抗告人および相手方と未成熟子満由美の最低生活費の合計額を超えることが明らかであり、今後もそうであろうと推認されるから、原審判認定の抗告人の収入を基礎として綜合消費単位を使用する方式により婚姻費用分担額を決定するには何らの支障はないものと考えられる。

そこで、抗告人の毎月の平均収入からはその母ハルに対する金三、〇〇〇円ずつの送金を控除して婚姻費用分担額の算定の基礎とし、すでに抗告人が相手方に長女満由美の養育料として送金している原審判認定の金員を控除し、昭和三九年三月一九日を始期として昭和四一年一二月三一日までの抗告人が相手方に支払うべき婚姻費用の分担額を原審判と同様の綜合消費単位方式によつて算定すると、その額が金八〇万八、五〇〇円(拾円以下四捨五入)となることは計数上明白であり、昭和四二年一月以降においても抗告人は相手方に対し婚姻費用の分担額として右の方式により算定した毎月金二万八、三〇〇円ずつを支払うべきものといわなければならない。よつて抗告人は相手方に対し金八〇万八、五〇〇円および昭和四二年一月一日以降相手方との離婚成立若しくは同居に至るまで毎月金二万八、三〇〇円ずつを原審判認定の抗告人の給与支給日から起算して五日後である毎月二三日かぎり送金して支払うべきものとし(なお、当裁判所においては原審判のような賞与による送金額の調整はこれをしない)、原審判をその旨変更して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 外山四郎 裁判官 鈴木醇一)

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